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2015年2月 1日 (日)

日本がテロを受けた日。2015年2月1日

後藤健二さんの生還を強く望んでいたが、とても残念な結果となった。 今までの後藤さんの世の中での活躍を考えると、人類にとって貴重な方がいなくなったと思う。 ご家族や友人の方々の心境を思うと、心がとても痛む。 前回もコメントしたが、何故この様な恐ろしい集団が出来たのだろうか。 かつて日本でも、日本赤軍による仲間へのリンチ殺人事件やオーム真理教での殺人事件等と似ているところがある。 恐怖集団となるとエスカレートして行く人間の心理があるのかもしれない。 国家がそうなると、ヒットラーのドイツ、戦前の日本軍国主義、スターリン時代のソ連、そして現在の北朝鮮。 まだ多くの日本人が拉致されている北朝鮮。なんとかご家族が生きている内に、解決できることを望む。
ただ今回のテロを切っ掛けに、日本が誤った道へと進まないことを望む。 憲法9条は絶対に守るべき日本の宝だと思う。 世界情勢や現在の自衛隊を鑑みると9条と矛盾しているのは事実かもしれないが、9条の足枷が無くなった日本の行く末が心配である。日本は平和について、常に考え苦しみなから世界に貢献して行くべきかと考える。

1月30日(金曜)の雪の中、午後から世田谷区まちづくりセンターで行われた普通救命講習会に参加した。 心肺蘇生方法、AED操作方法、気道異物除去方法、止血方法などを学んだ。 なかなか1度の講習では完全にマスター出来ないので、今後は機会があるごとに受けようと思う。

1月31日(土曜)午前中勤務の仕事に向かう途中横断歩道で信号が変りそうなので走った際に、凍った道に滑って転んで右肩と左手首を痛めてしまった。午前中の仕事を終えて、近くの医者でレントゲンを撮ってもらう。右肩は大丈夫だが、左手首関節の骨の一部が衝撃で剥離骨折してた。全治3週間とのことで、包帯で固定されてしまった。ただ、日常生活や仕事では無理しなければ大丈夫とのこと。 ただ、痛みがあったので帰宅してから寝込んでしまった。

2月1日(日曜)、後藤健二さん殺害の衝撃的なニュースで、昨日からの肩や手首の痛みなど忘れる程心が痛んだ。 その後TV放送は、まるで一段落したかのように通常放送がほとんどだった。
今日のこの日は、日本がテロにあった日と記憶すべき日であると思う。 後藤健二さんの思い、平和について考える日であると思う。
憎しみではなく、何故そのような集団が出来、色々な国から若者が参加するのだろうか。
また、北朝鮮の様な国家が何故出来たのだろうかとか。
そこから抜けることができずに苦しんでいる人もいるのだと考える。
欧米の武力行使だけでは、絶対に解決しないと思う。
太平洋大戦を終わらせる為に原爆を利用し、それを今も正当だと考えているアメリカに依存し過ぎるのも考えなくてはならない。
何故なら、イスラム国の使用している武器のほとんどがイラクやシリア介入で武器援助したアメリカからのものだそうだ。
パレスチナ問題は、アメリカがイスラエル支持にあまりに偏っているから解決せず憎しみを生んでいる。イスラエルを構築したユダヤ人はナチスドイツに非道な仕打ちを受け、戦後欧米の助けを受け2000年前にあったとする国家を樹立した。ただそれはあまりに強引に進み、当時住んでいた人々を追い出し、結果今も迫害をしている。そこに大きな根があるような気がする。もう既にイスラエルという国家が出来ている以上、その国の人々の存在も当然大切であるが、強き者は弱き者への寛容さが大切なのだと思う。イスラエルは豊かで強い国なのだから。共存共栄する道を、イスラエルが進んですべきことと思う。アメリカに偏らず、日本はそうイスラエルに訴えるべきだと思う。

日本の近隣の国、韓国、中国との関係も日本が進んで改善すべきと考える。
歴史認識に誇張や違いがあるかもしれないが、かっての日本は加害者であったことは事実であり、現在生きる私達が卑屈になることはないが謙虚さがなければならないと思う。個人の間でも迫害やいじめを受けた人の心の傷は、なかなか忘れず癒せないのだから。
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